イールドカーブコントロール(YCC)政策の修正を投資家が歓迎すべき理由とは?

投資戦略 マーケットニュース 相場展望 国内情勢 2023.08.06

石塚 由奈 石塚 由奈

7月27日から28日までに行われた日銀金融政策決定会合で、イールドカーブコントロール(YCC)について、長期金利の上限を1.0%まで許容するとの決定がなされました。

 

これを受けて、日経平均株価は大きく乱高下する場面も見られています。

 

しかし、私としては、日銀によるYCC政策の修正を肯定的に受け止めています。

 

なぜそのように考えられるのか、YCC政策が導入された当時と今の金融環境の違いに触れながら解説し、今後の日銀の金融政策についても考えていければと思います。

 

そもそもYCC政策は何故導入されたのか?

 

ところで、YCC政策は、異次元金融緩和政策のもと、金利を低く抑えるために導入されたと理解している方が多いです。

 

しかし、YCCが金利を低く抑えるために導入されたというのは、半分は合っているんですけど、半分は大きな間違いなんです。

 

どういうことか理解していただくためには、導入の経緯を振り返る必要があります。

 

実は「日銀の大誤算」が導入のきっかけだった!!

 

YCC政策が導入されたのは、2016年9月です。

 

これに先だって、日銀は2016年の1月から短期金利をマイナス圏に誘導するマイナス政策金利の導入を進めていました。

 

その中で、短期金利だけではなく、10年といった長期の金利もマイナス圏に落ち込んでしまうという問題が発生しました。

 

通常、金利というのは、短期より長期の方が高くなりやすいです。

 

金利とは、お金を貸し借りするときの手数料のようなものですから、貸出の期間が長いほど、高くなるのが普通なのです。

 

これは貸出の期間が長いほど、景気が急悪化したり、何か予定外のことが起きてお金が返ってこないリスクが高まるため、貸し手はそのリスクに対して対価を求めると考えると分かりやすいです。

 

また、将来的にインフレが進むのであれば、その分も含めて返してもらわないと貸し手は損をしてしまいます。

 

ですので、当初の日銀の算段では、短期金利をマイナスにしたとしても、金融緩和の効果で将来はインフレになるといった期待も高まって、長期の金利はプラス圏を維持すると考えられていました。

 

しかし、実際にはさほど緩和の効果は見られず、中国など海外の景気にも減速感があったため、長期金利がマイナス圏に落ち込んでしまいました。

 

金融機関の運用難に対処するための苦肉の策…

 

こうなると、銀行や保険会社が長期の運用を行っても、金利はマイナスですからちっとも利益が出ないことになります。

 

銀行などが貸し渋りを行い、景気に対して当初は予期していなかったネガティブな影響も出てきてしまいます。

 

国の年金などが運用難になるのではないかと批判の声も上がりました。

 

このマイナス金利導入の失敗とも言える出来事をなんとかカバーするために導入したのが、10年という長期の金利を操作するYCC政策です。

 

具体的には、国債を売ることで、10年という長期の金融利をゼロ近辺に押し上げて、金融機関や年金の運用難をなんとかしようとしたのです。

 

つまり、YCC自体はマイナス圏にあった金利を上昇させるための政策だったのです。

 

インフレ時代のYCC政策継続はデメリットの方が大きい

 

足元の状況に話を戻しますと、海外発のインフレが日本にも定着し始めていますから、デフレ傾向にあったYCC導入当時と全く状況が変わっています。

 

今のような環境下で、YCC政策を続けると、国債を大量に買い入れる必要に駆られたり、市場が歪んでしまうなどの悪影響が大きくなってきます。

 

しかも、今後10年間といった長期の金利は、そのスタート地点である短期の金利の影響を受けますので、今後1年間や2年間の政策金利がマイナスのままであれば、一定程度低い水準に留まります。

 

そのため、YCCを解除したとしても長期金利だけが極端に上がってしまうなんてことはあり得ず、実体経済への影響は限られると考えられます。

 

つまり、続けるメリットが限られた政策のために、多大な悪影響を受け入れなければらない状況に日銀は陥っていたと言えます。

 

日本でも物価が上昇し始めた以上、YCCは修正、見直しをしなければいけない政策であったと言えるのです。

 

早いタイミングでの政策修正が必要だった理由とは?

YCCを修正するタイミングとしては、なるべく早く、インフレが明確に定着しないうちに済ませておく必要がありました。

 

何故なら、YCCを維持したまま日本が長期的にインフレになっていくという期待が高まると、理論的な長期金利の水準と日銀が操作している金利の水準にギャップが広がってしまうからです。

 

対応が後手に回るとヘッジファンドによる投機的な国債売りが加速?

 

理論的な金利の水準と日銀が操作している金利の水準にギャップが広がると、ヘッジファンドなどが、いずれ日銀はYCC政策を維持できなくなるとみて、国債を空売りすると考えられます。

 

その後、YCCが解除されて金利が上昇し、国債価格が低下したときに買い戻すことで利益になるトレードを行う可能性が高いのです。

 

YCC政策を続けている限り、日銀は金利が一定水準よりも上昇しないように、ヘッジファンドが空売りを入れてきた分に応じる形で大量に国債を買う必要があります。

 

ですから、理論的な金利水準と日銀がYCCの下で操作している金利に乖離が大きくなってから、YCC政策を修正・解除した場合は、結果的に日銀がヘッジファンドを儲けさせることになってしまうのです。

 

また、こうした環境下では、理論的な水準に向かうだけでも、金利が大きく動いてしてしまい市場の動揺も大きくなると考えられます。

 

金融緩和を続けて、インフレの定着、好景気を目指すのであれば、先回りしてこうした先々の波乱材料を摘み取っておく必要があったんです。

 

植田総裁のYCC解除は合理的だったと評価したい

 

このように状況を整理すると、今回YCC政策の修正を行った植田日銀総裁はまったくもって合理的です。

 

最悪のケースとして、YCCル政策の修正が市場に金融緩和を辞めるための地ならしと捉えられて株式市場が暴落し、インフレや好景気の定着が遠のいてしまう可能性も考えられました。

 

そうしたなか、金融政策決定会合の結果発表前には、日本時間の深夜2時に日本経済新聞のリーク記事が出回っています。

 

わざとかどうか真相は不明ですが、結果的に先回りした投機的なポジションを取らせずに、海外投資家に心の準備をさせるのには最適なタイミングで報道が出たように思えます。

 

結果として、政策の修正を行った日の日経平均株価の終値での下落率を前日比131円に留められたのは素晴らしいと評価して良いでしょう。

 

今後の政策運営はより「ハト派」となるか

 

そして、今後の日銀の金融政策について予想すると、植田総裁は賃金の上昇が十分に根付くまでは、びっくりするほどハト派、つまり金融緩和に前向きな姿勢を見せていくと考えられます。

 

日本のインフレ定着に慎重な植田日銀の基本スタンス

 

何故なら、植田総裁が、金融引き締めが遅れてインフレが定着してしまうよりもインフレが定着せずにデフレに戻ってしまう方がその後の対応が大変そうだと口にしているからです。

 

さらに、2000年に日銀がゼロ金利の解除を決めた時には、植田総裁は審議委員として反対票を投じてゼロ金利を解除せずに、もう少し様子を見ても良いと発言しています。

 

日本はあまりにも長くデフレに苦しみ、過去にはもう少しでインフレになるかもしれないというところで辛抱強さを持てずに政策を変更してデフレに逆戻りしてしまった経験を持つ国です。

 

こうした背景を考えると、今出ている芽を大事に育てて、徹底的に粘り強く金融緩和を行いインフレを根付かせていきたいと考えているはずです。

 

現在日銀は「賃金上昇を伴う」物価目標の達成を目指すとしていますので、少なくとも賃金の上昇率が物価の上昇率を上回ってくるまでは金融緩和自体は続けるとみています。

 

金融政策に関する警戒感が広がったタイミングは日本株の買い場に

 

株式投資家としては、今後日銀の金融政策に関連して相場が大きく下落した局面は、絶好の買いチャンスと考えて良いと思います。

 

YCC政策の修正という難題を上手く乗り切った植田日銀の手腕により、日本にインフレと好景気が定着する期待も高そうですので、期待して日本株への投資を進めていきたいです。

投資戦略 マーケットニュース 相場展望 国内情勢 2023.08.06

石塚 由奈 石塚 由奈

石塚 由奈

この記事を書いた人

石塚 由奈

日本投資機構株式会社 アナリスト
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト(CMTA®)
日本投資機構株式会社 投資戦略部 主任
証券アナリスト(CMA)
テクニカルアナリスト(CMTA®)

国内株式、海外株式、外国為替の領域で経験豊富なアナリスト・ファンドマネージャーのもと、金融市場の基礎・特徴、マクロ経済の捉え方、個別株式の分析、チャート分析、流動性分析などを学びながら、日本投資機構株式会社では唯一の女性アナリストとして登録。自身が専任するLINE公式など各コンテンツに累計7000名以上が参加。Twitterのフォロワー数も3万人を超える人気アナリスト。

石塚アナリストに投資の相談をしたい方は≪こちらをクリック≫

アクセスランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間